ハイライト

平成23年9月15日

世界初、電子ニュートリノ出現モードの兆候を捉える


物質を構成する最小物質である素粒子「フェルミ粒子」には6種類のクォークと6種類のレ プトンがある事が分かっています。レプトンの中には我々に馴染みの深い「電子」の他、 ほとんど物質と相互作用しない3種類の「ニュートリノ」が含まれています。その3種類と は「電子ニュートリノ」、「ミューオンニュートリノ」そして「タウニュートリノ」で す。 このニュートリノの性質を詳しく調べる事で、現在の素粒子物理をつかさどる 「標準模型」で説明できない新しい物理にアプローチする事が可能です。

標準模型ではニュートリノは質量を持たない考えられてきました。しかしある現象の発見 によって、ニュートリノが質量を持つ事が明らかになりました。その現象が「ニュートリ ノ振動」です。ニュートリノ振動は、ニュートリノがごく僅かな有限な質量を持つ場合に 量子力学的な干渉効果によって、飛行中に別の種類のニュートリノに変化する現象です。 この現象は、1998年にスーパーカミオカンデによる大気ニュートリノ(宇宙から降り注ぐ 一次宇宙線が大気中の物質と反応して生じるニュートリノ)の観測で発見されました。こ の発見以降、ニュートリノに質量がある事は確かなものとなり、これまで多くのニュート リノ振動実験が行われてきました。ニュートリノ振動を理解する上で重要なのが、ニュー トリノの種類と質量の固有状態の混ざり具合を表す「混合角θ」というパラメータです。 前述したようにニュートリノは3種類存在するため、この混合角も3つ存在します。θ12、 θ23、そしてθ13です。様々な実験が競ってこれら混合角を測定し、θ12は~35°、θ23は~45° と値が分かってきた一方で、唯一θ13の値がまだ分かっていません。これは非常に小さい 値(ゼロに近い)と考えており、多くの実験がこの未測定の混合角を測ろうと奮闘してい ます。さらにθ13が測定できれば、ニュートリノとその反粒子である反ニュートリノの振動 の性質を比較する事で、「粒子反粒子対称性(CP対称性)」の測定ができます。ただ し、θ13がゼロであるとCP対称性は破れません。θ13が有限であって初めてCP対称性の破 れを検証する事が可能となります。

我々高エネルギー物理学研究室が参加している「T2K実験」では、未だ発見されていない ミューオンニュートリノから電子ニュートリノに変化する振動モードの探索を通してθ13の 測定を行っています。茨城県那珂郡東海村に位置するJ-PARC加速器を用いて世界最高強 度のニュートリノビームを生成し、295 km離れた岐阜県飛騨市に位置する世界最大級の検 出器「スーパーカミオカンデ」でこのビームのうち僅かに反応したニュートリノの測定を します。データ取得は2010年1月より開始されました。T2K実験は世界12カ国、およそ 500人の共同実験者が参加する大規模な実験です。その中で我々高エネルギー物理学研究 室では、実験のキーポイントであるニュートリノビーム方向と強度を高精度でモニターす る検出器、ニュートリノビームフラックスとニュートリノ反応断面積を測定する前置 ニュートリノ検出器の開発、製作と運用、またスーパーカミオカンデにおけるニュートリ ノ観測の誤差を見積もるための解析等、T2K実験には欠かせない重要な役割を担ってきま した。

しかしながら今年3月11日、目標の2%ほどのデータ量を収得した時、東日本大震災により 実験の中断を余儀なくされました。そのため、いち早い最新結果の開示のために500人全 ての共同実験者が一致団結し、今持っている全てのデータを解析する事に全力を注いだの です。そして、スーパーカミオカンデで電子ニュートリノに振動したと見られる事象を6つ 見つけました。これらの事象が電子ニュートリノに振動したものでない確率は0.7%であ り、世界で初めて電子ニュートリノ振動の兆候を捉え、θ13が有限である事の示唆を得ま した。

この結果はPhysical Review Letterに6月13日に投稿され、世界中に大きなインパクトを与 えました。これまでの実験結果から、θ13はほとんどゼロと考えられてきましたが、今回 の我々の測定結果は、考えられていた値よりも比較的大きい値(θ13~10°)を持つ事を示唆し ています。θ13の値がわかれば、これまで謎とされているニュートリノの質量の構造を理解 する上で大きな手助けになるため、今回の結果は違う形でも世界中に大きなインパクトを 与えました。今後我々が目指すべき道は、さらにデータを貯めてθ13が有限である事を確 証し、ニュートリノを用いてのCP対称性の破れを探索する事です。 クォークでのCP対称 性の破れは小林益川理論で予言され、既に実験的に発見されていますが、宇宙に何故物質 と反物質が対等に存在しないのかを説明するには不十分である事がわかっています。レプ トンでは未だCP対称性の破れが発見されていません。 もしニュートリノ(すなわちレプ トン)でCP対称性の破れが発見されれば、何故宇宙に物質ばかり存在しているのか、と いう謎を解決する一歩となる事でしょう。

現在、我々高エネルギー物理学研究室ではいち早い実験の再開のため、地震後の復旧作業 を行っている他、さらに精度の良い結果を得るために、解析結果に影響する系統誤差の改 善に向けた研究を行っています。

(図の説明:スーパーカミオカンデにて発見された電子ニュートリノ出現事象の一つ)