ハイライト

平成20年12月9日

小林誠・益川敏英博士のノーベル賞受賞

2008 年のノーベル物理学賞は、南部陽一郎博士、益川敏英博士、小林誠博士の3 名揃って日本人の素粒子論研究者に贈られることになりました。3博士とも、本GCOE 研究拠点である理学部物理学教室や基礎物理学研究所とは深い関係のある先生方で、我々に とっても大変うれしく、誇らしいニュースです。特に、小林・益川両博士の今回の授賞対象となった業績は、両博士が本学理学部物理学教室の素粒子論研究室( 旧湯川研) に共に助手として在籍されていた時になされた仕事です。その業績を少しご紹介します。

 小林・益川両博士の理論は、CP 対称性と呼ばれる自然界における粒子と反粒子の間の対称性が、何故、どのように破れているのかを説明する理論を提唱したもので、現在の素粒子の標準理論の骨格をなしています。ビッグバンによる宇宙の創成時には、物質の粒子と反粒子は対生成され全く同数存在します。もしCP 対称性があれば、宇宙が冷えて来たとき、逆に対消滅で全ての物質が消えて無くなり、現在の我々の世界は存在しなかったことになります。現在の物質の世界が存在するのは、CP 対称性が完全でなく少しだけ破れているおかげです。このわずかなCP 対称性の破れは、地上の素粒子実験でも1964年に発見されました。

 小林・益川両博士は、1972 年当時最新の電磁力と弱い相互作用の統一ゲージ理論−ワインバーグ・サラム理論−の中で、そのCP 対称性の破れが説明できるかという問題を取り上げました。  現在の素粒子論では、自然界の基本粒子は、クォークとレプトンです。原子核を構成する陽子や中性子などや、湯川の予言したパイ中間子などの「強い相互作用をする素粒子」は、数百種類も存在し、実は真の「素」粒子ではなく、より下の階層の基本粒子である「クォーク」から出来ている複合状態です。強い相互作用をしない電子やそのニュートリノ相棒などはレプトンと呼ばれています。

 当時最新の弱・電磁統一ゲージ理論は、未だ電子やニュートリノなどのレプトンの理論として提出されたばかりで、強い相互作用をするクォークは含まれていませんでした。小林・益川理論は、先ずクォークをどのように入れるかを明らかにしたうえで、CP 対称性の破れを説明する新しいメカニズムを考案しました。基本的なアイデアは、クォークに対して、弱い相互作用の選ぶ粒子軸と質量固有状態の粒子軸がずれているということで、そのずれを表すユニタリ回転は今日Cabibbo-Kobayashi-Maskawa(CKM) 行列と呼ばれています。このメカニズムが働くためには、当時3種類(注1) しか知られていなかったクォークが、少なくとも6 種類(3世代) 存在しなければならない、ということを予言したのです。  この予言がこの業績のインパクトの大きいところですが、これ故にこそ、1972年9 月に、出来たばかりのこの仕事を素粒子論研究室のセミナーで小林博士が発表したのを聞いた筆者や研究室のメンバーは、 「この話は方法論的にはおもしろいが、先ず本当ではないだろう」と思ったものです。ところが、その後の実験では新しいクォークが次々と見つかり、1995年のトップクォークの発見に至って6 種類全てが確認されたのです。また筑波の高エネルギー加速器研究機構のBelle やスタンフォード線形加速器センターのBaBar のB 中間子を使った実験でも、2001、2年までに精密に測定され、CP の破れが小林・益川の機構 で矛盾無く説明できることが確かめられました。

今回のお二人の受賞は、単に京都大学大学院理学研 究科や物理教室や基礎物理学研究所にとって大変喜ば しいというだけではなく、広く、日本の理論物理学にとっ て大きな励ましであり朗報です。といいますのも、小林・ 益川理論は、日本の今日の基礎物理学の基礎を築いた、 湯川秀樹、朝永振一郎、坂田昌一という三巨人の研究 の正統的な伝統の上になされたものだと言えるからです。 実際、お二人は名古屋大学の坂田研究室の出身で、小 林・益川理論は、先ず、クォーク模型などの素粒子の 複合模型を考える坂田学派の伝統に直結した仕事です。 同時に、その当時には必ずしも信頼されていなかった「場 の理論」の論理性を突きつめる点において朝永の伝統を 引き継ぎ、新しい種類のクォークを予言する大胆さにおい て湯川の後継である、と言えるからです。

九後 太一(基礎物理学研究所 教授)

(注1) 1970 年には、実は名古屋の丹生潔博士の実験グ ループが宇宙線中に第4 番目のクォークを発見しており、 すでに名古屋大学では4 種類のクォークの存在が信じら れていたことが、名古屋大学出身の小林・益川に6 種類 を提唱することの心理的バリアーを下げる重要な要因だっ たと思われます。